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2016年12月13日 (火)

伊豆長岡【~~~(´▽`A)~~~】 江川邸、沼津御用邸の巻

歴バスのルーラという1時間に1本のバスに乗って江川邸に行きました。100円
江川邸
築400年の現存する日本最古の大名屋敷と放送が流れました。

土間にパン釜があるのが凄い(☼ Д ☼) クワッッ!!!
パン祖の碑が庭に有ります。1820年代だった気がするが200年位前にパンが焼かれていた事が凄い。

家系図が凄い(☼ Д ☼) クワッッ!!!
平安時代から42代?だったか?源氏から発生して今に至る。

家紋が凄い(☼ Д ☼) クワッッ!!!
井桁に菊の一六文、なんでも徳川将軍からこの家紋使っていいよって許可が下りたらしい。
しかも菊の御紋まで、凄い。

竹の花活けが凄い(☼ Д ☼) クワッッ!!!
何気に普通の花活けなのですが、実は千利休に献上?した竹の花活けが上野の博物館?美術館?どちらか忘れたけど、展示されているそうです。
江川家の敷地の竹で作られているのだそうです。ひびが入っているのが特徴だそうです。

交流が凄い(☼ Д ☼) クワッッ!!!
難破したロシア人を助けたお礼にロシア貴族の紋章に描かれているそうです。
ジョン万次郎の子孫とは今でも交流があるそうです。

お台場を作ったのが凄い(☼ Д ☼) クワッッ!!!
世界遺産に登録された反射炉で作られた大砲を海路で運んで、その大砲を置く場所が台場、将軍の命によって作られたので敬意を称してお台場とおを付けて呼んでいたのが今に至るそうです。
現在第3台場と第6台場しか史跡として残ってないそうです。

今でも使われる号令が凄い(☼ Д ☼) クワッッ!!!
右向け右とかの号令、あれを始めたのも江川家の方だそうです。

正直結構ぼろい建物だったので地主位に考えていたらとんでもなかった。
15万石を収める大名だったそうです。
丁度その日は年2回の中庭開放の日で、中庭は室町時代からのものだそうです。
時間が足りなかった、ゆっくり見て楽しみたかったので残念でした。
歴史に興味のない、無知な私でも楽しめる邸宅でした。

沼津御用邸
非常に考えさせられたのは手漉きガラスがドイツ発注だった事です。
日本人職人に頼むことが出来ずにドイツ職人に頼んだそうです。
一部日本人職人によるガラスもあるのですが、白いパテを塗る職人?作る?も居ないらしく、ガラスとパテの職人を育てなければならないのに出来ない現状に驚きました。
継続維持管理って大変なんだなって思いました。
もう一つ、電球も当時の電球の色と明るさを再現するために苦労しているらしく、職人が居なくなったらもうLEDになってしまうのかもしれません。
当時のままを再現するのに再現できる職人が育てられないって大問題です。
中庭の砂利石も最近のもので、元々は苔の二つの山だったらしいのですが、風雨で苔が枯れ、流され、当時を保つ事が困難で、砂利の庭になったようです。
ここもゆっくり見学すべきところなのですが、急いでセカセカしてしまったのが残念です。
御用邸の割に質素だと思いました。。

戸定邸もそうですが、昔のお風呂は風呂釜が無く、掛け湯式だったのが興味深いです。

(・-・)・・・ん?子供の頃に見た白土三平のサスケではお母さんとお風呂に入るシーンが今でも焼き付いているのですが、身分の高い邸宅に風呂が無く、低い者の家に風呂があったのかい?

宿の食事は正直残念だったのですが、追加で頼んだカサゴのから揚げは大変美味しかったです。

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