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2020年5月21日 (木)

メル変ファン多次

ようやく宮本茶とソロツアーパンフレットが届きました。

5月1日に申し込んで2日の早朝に入金したのに音沙汰がなく…

宮本茶は埼玉県の狭山のお茶で備前屋さんの霞野(かすみの)あららぎというお茶です。

埼玉の狭山は宮本さんの母校東京国際大学があるところです。

しかも狭山は私の娘の会社に近く、娘の住まいも近いのだ。

なのでこのところ正月は川越に参拝に行くのです。

備前屋というくらいだから備前焼で飲みたかったが備前焼は小皿しか持っていなかった。

備前焼の小皿にクッキーを乗せてお茶を淹れた。 

私は玉露が嫌いで苦くて口がさっぱりするお茶が好きだから味のある玉露でなくて安心した。

あの昆布だしみたいな味が苦手なのです。

枝豆もダダ茶豆は大嫌いです。

ハツカネズミの香りがする…無理…。

2009年の野音の暮れゆく夕べの空を聴きながら飲みました。

柔らかく上品なお茶でした。

萎凋香いちょうこう煎茶だそうです。

香りを楽しむお茶なのですね。。。。

それからソロツアーパンフレットに目を通しました。

全公演中止になってしまったのは無念としか言いようがないけど宮本さんという男はどこまでも前向きで強い男だからこの位ではめげないと思い…たい…きっとそうだ、と思う…

私が思うに宮本浩次史上一番暗く重く絶望的だったのは30年前の「生活」の頃じゃなかろうか?

なにしろ歌詞に妻という言葉がありながらどこまでも暗いんだから…

一体どうしたらここまで暗くなれるんだ?って位暗い、CRY

その後ライフというアルバムを出すのだけど、生活1990年がライフ2002年になったという…

日本語から英語への変化、12年の間に何が起きた?

1990年の9月といえば私が娘を出産した月で台風19号で酷く荒れたらしいのだが帝王切開で産んだ私はその台風の惨状を見てないのだ。

子宮の襞の中を流され続けて目覚めては同じ質問を繰り返し又襞の数を数えながら流され目覚めては時間を確認し「麻酔が効いているとああなるのです」と看護婦さんに説明されている夫を見ながら子宮という宇宙空間に放り出されるという夢を見続けていました。

その夢は星がびゅんびゅん飛んできては爆発して宇宙創成の現場を目撃しているようで怖かったのを覚えてます。

人の細胞の一つ一つに宇宙の記憶が刻まれているというの?記録されている?という内容でした。

私の夫は下の世話までしてくれたので看護婦さんが「こんな優しい旦那さんはいない」と点滴の度に痛がる私に「優しい旦那さんに甘えている」と言うので本当に理不尽に感じてました。

帝王切開は安産なのだそうだけど出産後の大変さからもう二度と子供は産みたくない、というか産めないと私は思った。

つわりも酷く辛かったし、髪の毛も骨もボロボロ弱くなったように感じた。

いろんなものを子供に吸い取られてヘロヘロになりながら命がけで出産するものなのだとその時知ったわけです。

個人差あるとは思うんですけど、私はぞっとしました。

でも宮本さんの子供だったら死んでも3人くらい産みたかったと最近は思うようになりました。

あの頃に戻れたらの話ですけど…¥が無かった

ツアーパンフの薔薇の花束を後ろ手に隠す宮本さんはメル変なファン多爺さんに見えました。

ほら宮本さんって頭掻き毟る変な男ってファンじゃないと思うんじゃないかと思うんですよ。

所が実際は凄い女性にモテてモテてモテまくりのファンの多い爺さんなんですよ…

びっくりするくらいモテるんですよ。

これだけモテて巨大ホールで公演したら女なんか要らないんじゃないの?

毎日忙しく楽しそうだな、とパンフレットの写真見ながら思いました。

幸せそうで何よりです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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